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左右にまつわる怖ーいお話。

どうも高崎ですよ。
昨日は8月6日、広島原爆投下の日でした。
今年でもう69年目だそうで、もう当時を実際にご存知の方もだいぶご高齢になって参りました。
机の上でしか戦争を知らない学者や政治家が、今後は戦争の是非を問う時代になってゆくと思うと、正直怖いですね。

こういった話題になると私にとって思い出されるのが、小中学校時代の先生方。
何年か前の8月にもお一人ご紹介致しましたが、私の子供の頃は、戦後の反戦思想を叩き込まれて大人になった、バリッバリの左翼思想教師が山ほどいた時代。
学生時代に全共闘とかあった連中ですから、青春=左翼思想という構造のままうっかり誰にも怒られずに大人になってしまった人が多かったのかもしれません。
いえ、個人がどういう思想を持っていようがぜんぜん構いません。
日本では思想、良心の自由は認められております。
…が、そういうのを子供に強要する教師も、結構な頻度で見受けられる、ちょっと怖い時代だったのですね、私の育った90年代初頭は。
まあ、そういうのが闊歩してても大目に見てもらえる、大らかな時代だったとも言えますけれども。

そんなわけで本日ご紹介いたしますのは、私が中学生時代に遭遇したK先生です。
この先生の凄いところは、地方新聞の記者に掛け合って「中学生の書く反戦の作文」のコーナーを作らせたという点です。
その上で生徒に取材をさせ、この新聞の枠に採用された生徒には通知表の評価5を確約すると生徒に通達致しました。

どういうことかおわかりでしょうか。
この頃は成績評価は絶対評価ではなく相対評価の時代です。
つまり、個人がどれだけ理解度が高かったかの評価ではなく、全体の中でどれだけ競争力が高いかの評価なのですね。
つまり、最高評価「5」を得られる生徒は、人数が限られているということ。
そして、新聞の枠に掲載された人間から順に自動で「5」を獲得するということは、つまり。
いい成績が欲しければ自分がどう思っていようが関係なく反戦思想の作文を提出する義務が発生したわけです。

当時はいまだ受験戦争の時代。
確かに推薦入試などはあまり比重が大きくなかったので、学校の評価などは今ほどその後の人生を左右したりはしませんでしたが…。
え?
私?
私ですか?
ええ、勿論見事な左翼文章をでっち上げて評価「5」を頂きました。
や、決して私だって戦争したいとか某国なんか攻め滅ぼしちゃえとか、思ってるわけじゃありませんけれど。
今のこの、どんどん右寄りにかぶいてゆく政府も世論も大丈夫だとは思ってませんけれども。
通知表を手にした時、「ああこれ、こいつの授業全部さぼってても、テスト全部0点でも『5』なんだよなあ」と思えて、さすがに空しくなりました。
思想の左右云々もそうなんですが、それ以前に、「不正な方法でいい成績を取らせること」「不正な方法で子供の意見を集めること」に疑問を持たないK先生。
この人間性に、まだ純粋だった高崎少年は、怖気が走った、というのが正しい感想でしょうか。

自分の権限をフルに活用して、生徒に「自主的に」左巻きの思想の作文を書かせる教師。
そしてそれを「中学生の生の声」みたいな扱いで掲載した某地方新聞…。
これ全部本当のお話なんですよ。

ね?怖い話でしょう?
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