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「見えざる手」の功罪。

毎度どうも。
高崎ですよー。
仕事してたら知らないうちにGW終わってましたね。
「ゴールデンウィーク」じゃなくて「ガンダムW」のほうは、最近は新作の「フローズンティアドロップ」が更なる盛り上がりを見せてますので、全く終わる気配はありませんが。

…すんません、駄洒落です。
ちょっと疲れてるんですよ。

さて。
ガンダムの話題出したので、せっかくですから今日はガンダムについてでも語りましょうか。
ちょうどAGEも第三部「キオ編」が始まったことですしね。

AGEは、個人的にデザインが大好きで、導入部も凄くいい感じに始まった「アセム編」が、主人公も主役機もあんまりにも見せ場がなく終了してしまったので、ちょっとがっかりしてたのですが。
…悪くないんじゃないでしょうか、第三部導入も。
ようやく私の大好きな地上編です。
ファーストのラル編然り、大地とMSの組み合わせは、絶対面白くなるんですってば。

AGE3のデザインは、あんまりにもパチモンZZっぽくて、模型誌等で先行して確認した時には心配でしたが。
動くとケレン味があって格好良いですね、意外にも。
OPを大張さんが作画してるせいか、ちょっとダンクーガっぽいのもいい味ですしね。

そして物語も。
このキオ編の行方如何によって、AGEの評価が決まります。
今まで2クール以上も使って描き続けてきた、絶対正義の「救世主」フリット・アスノをどう敗北させるか。
コレが残りの十数話の課題です。
これこそ「ガンダムシード」以降のテレビシリーズについて語る際に繰り返し主題になってきた議題。
即ち。
神の見えざる手の功罪です。

お話作りの基本は、主題のための物語、物語のための登場人物。
ガンダムシリーズに関して言えば、実はこの構成方法が必ずしも正解じゃないんじゃないか、という解釈ですね。
描きたいテーマのために世界を規定してはいけない、世界は、戦争は、人間は、もっと複雑に出来ているはずだ、と。
恐らくは原作者の富野監督ですら、そこまでは考えていなかったんじゃないかと思います。
でも、三十年以上も愛され続け、サブキャラクターや敵キャラ、あらゆる舞台装置まで隈なく溺愛され尽くした結果、「ガンダム」は究極の群像劇に進化してしまったわけです、きっと。

その、等しく愛されるべき世界の人間たちの中に、主題、即ち絶対的な主人公を規定してもいいものかどうか。
「台本」が介入できるものなのかどうか。
でもそれでも「作品」であり「物語」である以上、誰かが本を書かねばならないわけで。

その自己矛盾への苛立ちが、我々旧来の老害共が「新作」が作られるたびに不満を漏らす理由の一端なんじゃないのかな、と私は思うわけです。

それが。
シード以前対シード以後。
相対正義の世界対絶対正義の世界、の議論の構図です。
…あくまでも一因として、ですが。

キラ・ヤマトは世界の中心だけど、アムロ・レイは世界の中心ではない。
読み解き方が根本的に異なる作品群を、一緒くたに語ろうとするからこそ、起きる摩擦なんでしょうね、きっと。

だからこそ、ここへ来ての「AGE」です。
「子供向け」に特化して構造を単純化して表現しているからこそ、明らかに歪に見える「救世主」の姿。
そんな主人公のために用意された「世界」。
この「AGE」を「ガンダム」として読み解くことで、上記の対立構図に新たな一石を投じてくれると、私は信じております。
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