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戦国夢想2。

暑いですね。
この節電生活を余儀なくされるご時世に、連日各地で記録更新の気温の報が続々と。
まあまだ七月、昨年の夏の40℃越えとかに比べればまだまだ涼しい範疇です。
むしろ湿度が低い日とかは、過ごしやすいくらいです。

…なんて。
こんな風に自分を騙しておかないと、八月あたりには死んでしまうかもしれませんから。
心頭滅却すれば火もまた涼し。

さて。
今日はその「心頭滅却すれば~」に関わるお話。
…いや、ええと、最近机の前からほとんど動かないので、さっぱりネタがなくて。
ちょっとマニアックな戦国ネタで、お茶を濁そうかな、と。

閑話休題。
この言を残したのは、戦国時代、甲斐の武田信玄が師の一人、恵林寺の快川紹喜(かいせんしょうき)。
天目山の戦いで敗走した武田残党を匿い、決して織田軍に渡さなかったため、この恵林寺も焼かれました。
その際に山門の上で、炎に飲まれながらこの快川和尚が詠んだ時世の言葉が、この「安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」です。

ちなみにこの快川和尚、臨済宗の高僧であると同時に、武田氏の「外交僧」でもありました。
聞き慣れない仕事かと思われますが、外交僧っていうのは、文字通り当時の戦国各国の外交を担当する僧侶のこと。
実は結構多くの国が、外交を彼のような禅宗系のお坊さんにお願いしていた模様です。
「作麼生(そもさん)」「説破(せっぱ)」で有名な禅問答から心理を追究する宗派ゆえに、高僧になるほど頭の回転も早く、弁も達者だったようで、その辺の武士に任せるよりもよっぽど頼りになる存在だったそうです。
宗教関係者ですから、敵味方関係なく全国に支店をもってるようなものですから、国々の事情にも通じ、また自ら各国を行き来するのも容易だったようで。
自然、外交を一手に引き受けるうちに家臣内で発言力を増し、正式な家臣ではないとはいえ(だってちゃんとした僧侶ですもの)、国の行く末に大きな影響力を持つようになっていったものと思われます。

この武田信玄・勝頼に仕えた快川紹喜以外にも、毛利元就ら毛利家三代に仕えた安国寺 恵瓊(あんこくじ えけい)や今川義元の軍師・太原崇孚 雪斎(たいげんすうふ せっさい)も、外交僧として軍師として有名です。

この外交僧たちに共通している点が二つあります。
ひとつは、上でも述べましたが、禅宗系のお坊さんである点。
もうひとつが、武士以上に武士らしく、主君に尽くす点。
禅宗がどうとか、彼ら各人の共通した何かを見出そうというわけでもないのですが。
どういうわけかみんな、揃って義に篤い男たちで。

今川の雪斎も、戦勝時には必ず彼が戦場で指揮を執っていたし。
恵瓊も、関が原後には結果的に西軍の戦犯者として裁かれましたが、逆を言えば彼に責任を全部被ってもらうことで毛利家は生き延びたわけですし。

この快川和尚だって。
長篠の敗走や御館の乱への介入以後、勝頼の周りの武将は、どんどん武田を裏切っていったにも関わらず。
この時点で主家はもう滅んでしまっているのに。
最後まで武田氏の味方であり続けた、義の和尚です。

最近はこの「心頭滅却」の言、もしかしたら一緒にいた他の僧のものなんじゃないか、との説も出ているようですが、ここは敢えて快川和尚の言葉だと思っておきます。

…だってそのほうがロマンがあるじゃないですか。
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