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讃歌。

どうも高崎ですよ。
何だか体調がアレでしたが、週明けからようやくお仕事再開しております。
…働いてないと逆にどんどん具合悪くなってる気がしたもので。

さて、休んでる間に、「まおゆう」原作本を読みました。
あ、いや、読んでる最中、と言ったほうが妥当でしょうか。
現在3冊まで読了。
あと2冊だそうですが…1冊が結構なお値段するので、続きは来月でしょうか。
化物語の続きも読みたいんですが…最近のラノベはなんでこんなに高価なんでしょう。
我々みたいな大人がどんどん買うからよくないのかしら。

さて内容。
アニメ1話の魔王の胸の駄肉に誘われて、ついふらふらと購入してしまいましたが…面白いですねこれ。
というかそもそもこれ、小説じゃなくて戯曲じゃないですか。
文学部出の私でも、かなり久々に読みましたよ、戯曲なんか。
天井桟敷の「身毒丸」とか以来ですよ。
だから「まおゆう」は、ライトノベルじゃなくてライト…何だ?
直訳で「ドラマ」?「チープ・リテラチュア」?

まあいいや。
とにかく、かなり新しい体験をさせて頂きました。
地の文も登場人物の固有名詞も一切出てこないまま、会話と舞台設定だけで進む物語。
「勇者と魔王の決闘」という、普通の物語のおしまいの箇所から始まる物語。
そして、誰か「敵」の一番偉い奴をやっつけるのではなくて、みんなが納得する戦争の落としどころを探すのが、お話の目的であるということ。
これは正直…「よくこんな面倒臭いテーマで書こうと決心したなあ」という種の感心が、まず最初に訪れました。
なので全五冊に及ぶこの長さにも納得です。
むしろこれでもよくまとめられたなあ、と。

それから、読み進むに従って気が付かされましたが、この物語、「勇者」も「魔王」も、別に主人公じゃないじゃないですか。
彼らは基本、知性や戦力としては「論外の超越者」なので、実は物語の主題とは、ほとんど完全に「関係ない」立場にいるわけです。
勇者や魔王がどう思おうとも、結局「人類(含魔族)みんな」が「戦争を終わらせて納得がいく」と思えなければ、物語の目的は達成されなかったことになるわけですもの。

ゆえに、このお話は、魔王たちによってもたらされた新しい「きっかけ」「天啓」を、人類がどう扱い、どう進んでゆくか、が主な流れになるわけです。
従って「まおゆう」の真の主人公たちは「メイド姉」や「青年商人」、「冬寂王」たち、聡明ではあっても普通の人間たちなんだと、私は思うわけです。
「まおゆう」は、こういう面倒臭い目的に向かって、普通の人間たちが如何に足掻き、悩み、それでも進んでゆくかを描いた、「近代化の讃歌」なんだな、と。

戦争を終わらせるためには、まず知識と知性がなくてはならない。
これを第一条件としたこの作品は、産業、政治、経済、宗教、思想の近代化を強く肯定しています。
賛美している、と言ってもいいくらい、前向きに明るく評価しています。
駄目なところも、苦しい時代も、新しい概念を手にすることで必ず訪れますが、それすらも承知で、あえて進んでゆける明るさが大事なんだ、と。

色々キナ臭い現実の日本の現状打破の手段も、もしかしたらこの作品の中から見つかるような気がしてなりません。
ライトノベルやアニメだからって、その辺の実用書や哲学本なんかよりためにならないってことは、ないですからね。
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『GOSICK』一巻読了。

…何だか風邪がどんどん悪化してる気がします。
熱がかなり高いような気がするのですが、敢えて測りません。
具体的な数字がわかると、多分私は寝込みますから。

部屋が寒いので、せめて風呂ぐらいは温かくしようと、ここのところずっと長風呂気味です。
アイスコーヒーと文庫本を持ち込んで、束の間の極楽タイム。
いやあ、温かい世界って、幸せですね。
明日は、部屋で待機してるガジュマルも一緒に連れて行ってあげようかしら。

そんなわけで、桜庭一樹氏の『GOSICK』一巻、読了です。
さすがは元々富士見ミステリー文庫、コーヒー一杯飲み終えるまで、と決めてた私のお風呂読書タイムだけでも、数日でつるつるライトに読めました。

感想としては…正直すまんかった、桜庭先生。
前回の記事で、アニメのほうだけ見て、「映像だけ」だの「諦める」だの言って、申し訳なかったっス。
そこまで言うほど酷くはない、どころか、結構興味深く読める箇所も多かったじゃないですか。
前回の記事で挙げた通り、私のお気に入りミステリーフラグの、どれか一点にでも触れた小説は、私、手放しで褒めますから。

この『GOSICK』の場合、先に挙げたポイントのうち、1の「論理」について、私の琴線に触れました。
ここで言う「論理」は、探偵小説におけるいわゆる「トリックと推理」に限定しません。
その作品を作品たらしめるルール、言うなれば小説の背骨みたいな伏線のことです。
そもそも、ミステリーものは、ミステリーらしければミステリーらしいほど、現実では機能しません。
現実には「登場人物」以外にも人間は存在してるので、容疑者は無限に存在できますし、「探偵」が推理した以外にも「密室」に出入りする方法は無数にあります。
当たり前です。

そこで必要なのが、作品の「論理」。
文学等でいうところの「主題」が必要になるわけです。
その命題のための事件、その命題のためのトリック、その命題のための犯人、その命題のための動機。
各事象に一貫してそのテーマが用いられてはじめて、一篇の小説が、世界が完成するわけです。

そういう風にして定義するところの「論理」の素敵さで、私は『GOSICK』を評価します。
元々はあまり読者年齢を高く設定してなかった所為もあるんでしょうが、はっきり言って、トリックはチープだし、文章も平易、構成も演出もイマイチな小説です。
言ってみれば「出題の途中で答えがわかっちゃったナゾナゾ」みたいな温さ。

それでも、作品の根っこにある「論理」に気がつくと、どうしてなかなか、面白い小説ですよ、こいつは。
一度目はその「論理」を探すために読み、後でもう一度、その「論理」の存在を前提にして読み直すのをお勧めします。
普通の探偵小説って、あんまり再読に向かないじゃないですか。
タネ明かしされた後ですから。
そういう意味では、「再読向きの探偵小説」って、珍しいんじゃないでしょうか。

…でも結局、何でタイトルが『GOSICK』なのか、わかりませんでした。
普通の綴りの『GOTHIC』じゃ駄目なの?
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